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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)17671号 判決

原告

張光夫

被告

鈴木浩

主文

一  被告は、原告に対し、金六六万七九二〇円及びこれに対する昭和六一年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は五分しその四を原告の負担としその余を被告の負担とする。

四  この判決は一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四二一万五四一〇円及びこれに対する昭和六一年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下、次の事故を「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和六一年八月二五日午前二時三〇分頃

(二) 場所 東京都世田谷区新町一丁目九番一一号先路上

(三) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)

(四) 被害車両 原告運転の普通乗用自動車(以下「原告車」という。)

(五) 態様 被告車が停止中の原告車に追突

2  責任原因

(一) 本件事故は被告の前方注視義務違反の過失により発生した。

(二) 被告は被告車を自己のために運行の用に供していた。

3  損害

(一) 人身損害

原告は本件事故により頸椎捻挫の傷害を受け、昭和六一年八月二五日から昭和六二年一月二二日まで玄クリニツクに通院した。

(二) 物的損害

原告車は原告の所有であつたところ本件事故により損傷した。

(三) 損害金額

(1) 交通費 五六万四四一〇円

原告は光倫商事株式会社の代表取締役であり、毎日店舗を原告車で巡回していたが、本件事故による傷害により昭和六一年八月二五日から昭和六二年三月末まで自動車の運転が困難となり、タクシーの利用を余儀なくされ、その費用として五六万四四一〇円を要した。

(2) 傷害慰藉料 六四万〇〇〇〇円

(3) 修理費用 六万一〇〇〇円

原告は、昭和六一年一一月、原告車について本件事故によつて生じたトランク水漏れとマフラーガス漏れの修理を行つたが、その費用は六万一〇〇〇円であつた。

(4) 代車料 三〇万〇〇〇〇円

右修理期間中に原告が借りた代車費用

(5) 評価損 二二〇万〇〇〇〇円

原告車は一九八三年式BMW七四五ⅰ型で、本件事故に遭わなければ五七〇万円の価値が存したところ、損傷のため三五〇万円の価値しか認められない。

(6) 弁護士費用 四五万〇〇〇〇円

(7) 合計 四二一万五四一〇円

よつて、原告は被告に対し、損害金合計四二一万五四一〇円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和六一年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2は認める。

2  同3のうち、(一)の原告が本件事故により頚椎捻挫の傷害を受けたこと及び(二)は認める。(一)の原告が昭和六一年八月二五日から昭和六二年一月二二日まで玄クリニツクに通院した事実は知らない。(三)は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。

理由

一  請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)は当事者間に争いがない。

二  請求原因3(損害)について判断する。

1  損害の内容等

原告が本件事故により頸椎捻挫の傷害を負つたこと、原告車が原告の所有であつたこと及び原告車が本件事故により損傷したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二及び第二五号証並びに乙第三ないし第六号証、昭和六一年九月四日に原告車を撮影した写真であることに争いがない乙第二号証、原告本人尋問の結果及び右により真正に成立したものと認められる甲第一一号証、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二九号証及び原本の存在と成立が認められる乙第一号証並びに弁論の全趣旨によれば次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は昭和一五年一〇月三〇日生まれ(本件事故当時四六歳)で、飲食店(四店舗)、パチンコ店(一店舗)、麻雀荘(二店舗)、レンタルビデオ店(一店舗)を営業している光倫商事株式会社の代表取締役であり、毎日、三軒茶屋にある事務所を基点として各店舗を巡回していた。

(二)  原告は本件事故による傷害(頚椎捻挫)の治療のため玄クリニツク(新宿区歌舞伎町所在)に昭和六一年八月二五日から昭和六二年一月二二日まで通院した(実通院日数三二日)。原告の主訴は頸部痛、肩こり、しびれであつたが、レントゲン検査等での他覚的所見はなく、昭和六二年一月二二日には治癒と診断された。

(三)  原告は本件事故後も連日深夜まで前記各店舗を巡回し仕事を続けていた。

(四)  本件事故によつて原告車後部に力が加わり、リヤバンパー、リヤエンドパネル、右リヤランプ、マフラー等が破損し、トランク、左右リヤフエンダー、リヤフロアー等にも衝撃力が及んでひずみ、のび等が発生した。

(五)  右損傷の修理には、リヤバンパー、トランクの蓋、リヤエンドパネル、右リヤランプ、右リヤフエンダー、マフラー等の交換、リヤフロアー、サイドフレーム、左リヤフエンダーの板金、右作業に伴うリヤウインドガラス、リヤシート等の脱着を要し、その費用は七六万二四四〇円であると見積られ、見積通りの修理が昭和六一年九月頃に行われた(以下「第一回修理」という。)。

(六)  その後、原告車はトランク水漏れ、マフラーのガス漏れを起こしたため、昭和六一年一一月にトランクの蓋とトランクルームの合わせ、マフラーの調整等の修理が行われた(以下「第二回修理」という。)。

(七)  原告は、第一回修理期間中、第二回修理期間中とも、それぞれ約一月間代車を借りていた。

(八)  原告車はBMW七四五ⅰ型一九八三年式で、原告が本件事故の一年くらい前に約六〇〇万円で購入したものであり、本件事故後も原告が使用し、昭和六三年七月現在特段の不具合なく使用されていた。

2  損害金額

(一)  交通費 一万七九二〇円

原告は本件事故の日から昭和六二年三月までの店舗巡回及び通院に要したタクシー代を請求している。しかしながら、(一)で認定した事実によれば、原告の症状は頚部等の神経症状だけであるうえ、合計二か月間も代車を借りていたこと、第一回修理後に原告車の不具合を発見していることから考えると自動車の運転も可能であり現に自動車の運転をしていたと推認され(右認定に反する原告本人の供述は信用できない。)、したがつてタクシーを利用せざるを得ないような症状であつたとは認められない。加えて店舗巡回費用は光倫商事株式会社が本来負担すべきである原告個人が負担したことを認めるに足りる証拠もない。そうすると、原告主張のタクシー代は本件事故による損害とは認めることができず、本件事故と相当因果関係のある交通費は、通院のための電車賃(事務所のある三軒茶屋と病院のある新宿の間。片道二八〇円の三二回通院分)一万七九二〇円の限度にとどまるものというべきである。

(二)  慰藉料 四〇万〇〇〇〇円

原告の傷害の内容、通院期間、通院実日数等諸般の事情を考慮すると、原告の受傷に対する慰藉料は四〇万円が相当と認める。

(三)  第二回修理の修理費用 〇円

1で認定したところによれば、第二回修理で修理されたところはいずれも第一回修理でも修理されたところであり、第一回修理ではトランクの蓋とトランクルームの接着及びマフラーとそれを取り付けるパイプの結合がうまくいつていなかつたため、再度修理が必要になつたものと推認することができる(右認定に反する甲第三〇号証は信用することができない。)。ところで、自動車の所有者等が修理業者に自動車の修理を注文する契約は、契約の際に判明している損傷箇所の修理を完成させ損傷による不具合を解消することを契約内容とするものと解されるから、当初の修理が完全でなく修理後も不具合が生じ再度の修理が必要になつた場合には、不具合の場所が当初判明している損傷箇所である限り、修理業者には当初の契約に基づく修理を完成させる義務がなお残つていると解すべきであつて、再度の修理が行われた場合にその費用を修理業者が注文者に対し請求することはできないといわねばならない。したがつて、第二回修理の費用は原告が負担すべきものではなく、本件事故による損害として認めることができない。

(四)  第二回修理期間中の代車費用 〇円

1で認定した事実及び弁論の全趣旨によれば、第一回修理期間中にはその修理内容に相応の期間分の代車費用が被告から支払われていることが認められるうえ、(一)で説示したとおり、第二回修理の費用は修理業者が負担すべきものであることも考慮すると、第二回修理中の代車費用は本件事故と相当因果関係のある損害とは認められないというべきである。

(五)  修理によつても原状回復しないことによる損害 二〇万〇〇〇〇円

交通事故により自動車が損傷した場合に、被害車両が修理されても修理による原状回復が不十分な場合には、被害車両の所有者において、事故前の被害車両の価値と事故後の被害車両の価値の差額を損害賠償請求できるというべきである。そして、原状回復が不十分な場合とは、〈1〉修理技術上の限界から、顕在的に、自動車の性能、外観等が低下している場合、〈2〉事故による衝撃あるいは修理したことにより、修理後間もなくは不具合がなくとも経年的に不具合が発生する蓋然性がある場合をいうと解される。1で認定したところによれば、原告車の損傷は後部だけで自動車のエンジン系統等の本質的構造部分には及んでおらず、修理は大部分が交換でその部分については原状回復がなされたと考えられるけれども、リヤフロアーや左リヤフエンダー等は板金修理のため、ひずみやのびによる金属疲労が避けられず、また交換も数か所に及び結合部分が将来不具合を起こすことも考えられるから、原状回復は不十分であると認められる。右の原状回復がなされていないことによる損害は、損傷箇所、原告車の本件事故当時の価格(本件事故の一年前の購入価格によれば、六〇〇万円を下回るものと認められる。)、第一回修理の費用、修理内容、原告車が本件事故以降とくに不具合がないこと等を総合して考慮すると、二〇万円とするのが相当と認められる。

なお、原告は原告車の本件事故前価格と本件事故後の価格の差額を評価損として請求している。しかしながら、本件事故による損害として認められるのは、前記のとおり修理によつても原状が回復されないことによる損害であつて、中古車業者が下取りする際の価格差がそのまま損害として認められるものではなく、また、原告主張の価格低下が修理によつても原状回復していないことによる損害を評価したものであると認めるに足りる証拠はないから、原告の前記請求を認めることはできない。

(六)  弁護士費用 五万〇〇〇〇円

弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟のために弁護士を委任したことが認められ、右費用として損害賠償請求できるのは、認容額その他の事情を考慮すると五万円が相当と認める。

(七)  合計 六六万七九二〇円

三  結論

よつて、原告の請求は、損害金合計六六万七九二〇円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和六一年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中西茂)

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